恵みの丘キリスト教会は、日本メノナイト・ブレザレン教団 プロテスタント派キリスト教の教会です。

 

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キリスト教とは?
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 キリスト教と言えば何を想像されますか?おそらく皆さんは「あなたは神を信じますか?」と言ってまわる自転車の二人組の外人とか「江戸時代の踏み絵」、「天草四郎」、「細川ガラシャ」、「同志社大学の創設者」とか、もっと身近には「クリスマス」や「教会での聖歌隊」、「ゴスペル」などを想像されると思います。キリスト教とは簡単にいえばキリストの教(救いのおしえ)を信じる宗教といえます。しかし、現代にはキリスト教の名前を借りる新興宗教が増え、かなりのキリスト教が存在します。ここに訪れた皆さんは注意深くその教えの事を吟味し接触する必要があります。プロテスタントのキリスト教では次の特徴があります。

(1) イエス・キリストが神の子供として生まれた事を信じている。
(2) イエス・キリストは私たちの罪の身代わりとして十字架についた。
(3) イエス・キリストは死んで三日後に蘇られ人々の魂の救いを完成された。

逆に言うとこれ以外のキリスト教はプロテスタント派キリスト教ではありません。我々はこのプロテスタントの再洗礼派であるMB (メノナイトブレザレン)教団という団体です。従ってエホバの証人(ものみの塔)、統一協会(第三文明、原理研究会)、モルモン教会などとは一切関係ありません。

 我々の日本メノナイト・ブレザレン教団、恵みの丘キリスト教会はプロテスタント派キリスト教の教会です。


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メノナイト・ブレザレン教団
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 我々の属するわれわれの属するMB(メノナイト・ブレザレン)教団について簡単にご紹介しましょう。第二次大戦後の1949年、北米メノナイト・ブレザレン教団は、宣教師H.G.ティルマンを日本に派遣。以後も多くの宣教師たちを派遣して、各地にキリスト教会を開拓。日本メノナイト・ブレザレン教団が誕生しました。現在、関西に19、中部に5、中国に3、関東に1の教会と伝道所があります。

最新情報はこちらをご覧下さい。http://www.yuri.sakura.ne.jp/~mb/church/ch.htm


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信仰告白
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 日本メノナイト・ブレザレン教会は、次のことを確認し、告白します。

(1) 旧新約聖書は、原典において、逐語的に霊感された、誤りなき神のことばである。それゆえ、聖書は、信仰と行為のすべてに関して、最高の究極的な権威である。(ペテロ第一 1:21,テモテ第二 3:16)

(2) 唯一の活けるまことの神は、無限であり、人格的な霊であり、聖、知恵、力、愛において完全であり、父、子、聖霊において、永遠に存在したもう。この三位一体の神は、各々神的属性においては同じであり、神性の働きにおいては、個別な、しかも、調和された職務を行いたもう。

(3) 父なる神は、人間の事態に憐れみをもって関与され、祈りを聴き、また、答え、イエス・キリストによって、ご自身のもとに来るすべての者を、罪と永遠の死より救い、永遠の生命を与えたもう。

(4) イエス・キリストは、神のひとり子であり、まことの神にして、まことの人であり、聖霊によりて宿り、処女マリアより生まれたもうた。われらは、キリストの、罪なき性質と生涯、奇跡と教え、贖罪の死、肉体の復活、昇天、聖徒のための継続的なとりなし、地上への可視的来臨を信ずる。

(5) 聖霊は、父と子とより来たり、世をして、罪と義と審きとについて自覚させ、新生を与え、聖化し、イエス・キリストを信ずるすべての信者に内住し、絶えずいましたもう助け主であり、教師であり、導き手である。

(6) 人間は、神のかたちに創造された。また、一人の人によって罪は世に入り、罪によって死は世に入り、すべての人は罪を犯したゆえに,死はすべての人に及んだ。イエス・キリストを離れては、人間は霊的に死せる者であり、失われた者である。(ローマ 5:12,3:23,エペソ 2:1)

(7) 主イエス・キリストは、聖霊に応じて、われらの罪のために死なれた。悔い改めて彼を信ずる者は、すべて彼の御血によって罪の赦しを受ける。彼の流された御血こそ、われらの罪に対する唯一の贖いである。(コリント第一 15:3,エペソ 1:7,ペテロ第一 2:24,ヘブル 9:22)

(8) 各個人は、神のことばを通して、聖霊により、神に対する悔い改めにより、主イエス・キリストに対する個人的な信仰を通して、恵みにより神の子とされる。(ヨハネ 1:12,使徒 3:19,36:20,ローマ 10:9,エペソ 2:8,9)

(9) キリストは、肉体的に死人の中から復活し、天に昇りたもうた。彼は、いま、そこで、とりなしたもうわれらの大祭司である。(コリント第一 15:4,ヨハネ第一 2:1,2,ヘブル 7:25)

(10) キリストは可視的な体をもって、再び来たりたもう。はじめに、生ける聖徒と死せる聖徒のため、天上のさばきの座のため、また、小羊の婚宴における教会の完成のために空中まで来り携挙したもうのであって、その来臨は近づきつつある。次に、諸国民をさばき、地上を一千年間義をもって統べ治めるために、聖徒と共に来たりたもう。(使徒 1:11,ヘブル 9:28,テサロニケ第一 4:14-17,コリント第二2:5-10,黙示19:6-9,ゼカリヤ 14:5b,マタイ 25:31-46,イザヤ 11:1-12,黙示 20:6)

(11) イエス・キリストを信ずる者は、神に聖別された生活をなすべきであり、「聖なる国民...やみの中から、ご自分の驚くべき光の中に招いてくださった方の素晴らしいみわざを...宣べ伝える」者であって(ペテロ第一 2:9)、キリストへの奉仕に身を献げた者である。信者は、肉と霊との汚れより遠ざかるべきであり(コリント第二7:1)、さらに、コロサイ3:1-9に記されていることを守り

●みことばに反する誓いをなすこと(ヤコブ 5:12)
●偶像崇拝をなすこと(出エジプト 20:3-5,ヨハネ第一 5:21)
●信者間の争いを法廷に持ち込むこと(コリント第一 6:7,8)
●復讐をすること、人を殺すこと(出エジプト 20:13,ローマ 12:17-21)
●みことばに反する結婚及び離婚をなすこと(コリント第二6:14,マタイ 19:9)

などは、神のことばに従って避けるべきである。(ローマ 12:1,2,ヨハネ第一 2:15-17)

(12) 教会は、キリストの体であり、キリストが完成されたみわざに対する信仰によって、新生し、聖霊によるバプテスマによってその体に加えられた、すべての信者から成り立つ。(エペソ 1:22,23,ヨハネ第一 5:1,コリント第一 12:13)

(13) 聖書的な水のバプテスマは、キリストに対する信仰告白にもとづいて、浸礼によって行われる。(マタイ 28:19,コロサイ 2:12,ローマ 6:4)われらは、主の聖餐の礼典を信ずる。(マタイ 26:26-28,マルコ 14:22-24,ルカ22:19,20,コリント第一 10:16,11:23-26)

(14) この地上における教会の最高の使命は、すべての国民にキリストの福音を宣べ伝えること、キリストの体を建てること、神の栄光をあらわすことである。(マタイ 28:19,20,使徒 1:8,エペソ 4:12-16)

(15) われらは、墓の中にいる者がみな、神のみ子の声を聴き、いのちの書に名を記された者は、第一の復活によって、いのちによみがえらせられ、永遠の祝福の場所に入れられることを信ずる。その後、いのちの書に記されていない者は、すべて、よみがえらせられ、永遠の刑罰を受けることを信ずる。(ヨハネ 5:28,29,黙示 20:13-15,ダニエル 12:2)

(16) われらは、サタンが人格的実在者であることを信ずる。サタンは、この世の君として巨大な力を働かせることができるが、それは、神が彼に許された範囲においてである。サタンは、兄弟を訴えるものであり、敬謙なすべての者の敵対者である。しかし、最後には、サタンは火と硫黄との池に投げ込まれ、永遠に昼も夜も苦しみを受けるのである。(イザヤ 14:12-14,ヨブ 1:12,2:6,ルカ 22:31-32,黙示 12:10,ペテロ第一 5:8,黙示 20:10)

 この教団に所属し、また、加入することを望むすべての教会は、この信仰告白をその基礎とし、この教団の基本的な聖書教義と実践とに忠実でなければならない。


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メノナイト・ブレザレン教会の誕生
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 17世紀後半、《再浸礼派》の人々は、信仰の自由を求めてアメリカに移住し始めました。一方、プロシアに移住していたオランダのメノナイトの人々は、18世紀末、ロシアからウクライナ地方を開拓して欲しいとの招きを受け、「信仰の自由」「兵役免除」の特典とともに入植を開始。12万人以上の人々がロシアに移住しました。そして1860年、敬虔派の説教者E.ヴュストによって彼らにリバイバル(信仰復興)が起こり、メノナイト・ブレザレン教会がロシアに誕生しました。

 この後、ロシアは約束していた「兵役免除」の特典を撤回。絶対平和主義を唱えていた彼らはこれに反対し1,8000人以上が1874年、アメリカの中西部とカナダに移住。北米メノナイト・ブレザレン教団、カナダ・メノナイト・ブレザレン教団が誕生しました。

ロシア残った人々は、ロシア革命、飢饉、二回の世界大戦中の迫害と虐殺....などから、南北アメリカへの移住、あるいはドイツ国境への避難など、非常に大きな苦難を体験。このため北米では、メノナイト中央委員会(MCC)が結成され、彼らを支えました。


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平和主義
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 聖書から平和主義の立場を主張し、それを貫いたアメリカのメノナイトの人々は、兵役を拒否したため、戦争が起こるたびに迫害や困難を体験しました。しかし1940年、他の歴史的平和教会とともに政府に働きかけ、ついに「良心的兵役拒否者(CO)」の制度を勝ち取りました。彼らが兵役を拒否するのは、アメリカ国家に対して忠誠心が無いのではない、神から与えられた人間の生命を愛するからだと、アメリカ国家自身が認めたのです。

 第二次世界大戦では、約1万2千のCOが、軍隊に入る代りに民間公共奉仕作業(CPS)に参加しました。単に兵役を拒否するだけではなく、積極的に愛のわざを進めました。ダム建設/精神病院での奉仕などを行い、教会が財政面で援助しました.メノナイト中央委員会(MCC)は、救済事業を通して、戦後のヨーロッパ/アジアの復興を助け、その働きはアフリカ/南米に対する農業指導、職業訓練、医療活動などへも拡大しました。そして、これは日本メノナイト・ブレザレン教団が誕生するきっかけになりました。


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メノナイトの名前
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 16世紀に起こった宗教改革運動。ドイツのマルティン・ルターが有名なこの運動はヨーロッパ各国に広がりました。人々は信仰の土台を、儀式や教会の権威にではなく、聖書(神の言葉)そのものに求め、プロテスタント・キリスト教会が誕生しました。この宗教改革運動のさなか、《再浸礼派》と呼ばれた人々がいました。当時広く行われていた幼児洗礼に、新約聖書の教えから疑問を抱いた彼らは、自らの信仰によって洗礼を受け直しました。

 しかし、国教制度がヨーロッパ社会の骨組であった当時、「信仰の自由」「国と宗教(教会)の分離」を主張した彼らは、迫害を受け、多くの人が殉教しました。

 この時代、オランダの《再浸礼派》を指導していたのが、元カトリック司祭メノー・シモンズ(1496年~1561年)でした。穏健で聖書的だったブレザレン(兄弟会)というこのグループは、その指導者の名前からメノナイト(メノー派)とも呼ばれました。